「宣教協力理念」には宣教協力の「枠組み」が表明されています。そこに非常に重要な言葉が入っています。「特定の教派神学ではなく」です。これは同盟基督教団を他の教団教派から区別する大切な特徴です。
教会形成は「特定の神学」に立たなければ出きません。神学の無い教会はあり得ず、もしあれば危険です。そして、教会が特定の神学に立てば、ある程度の教派性がそこに入るのは当然です。ですから同盟基督教団の中には、色々な教派的カラーを持った教会があります。長老派、きよめ派、バプテスト、等の特徴があります。同盟基督教団は、その中のどれか特定の教派神学を選ばずに、もっと広い「枠組み」において「宣教協力」を進めると表明しているのです。
けれどもそうすると、どうしても矛盾が残ります。例えば、洗礼は成人洗礼だけか幼児洗礼も認めるか等を考える時、「どちらの立場も認める」だけでは教会論に厳密な整合性は取れなくなります。教会の境界線が不明瞭になるのです。他教会からの転入会を受け入れる時などに悩むテーマです。
それを承知の上で同盟基督教団は、宣教協力は各個教会の神学的枠組みを超えた枠組みによるとしています。それは2つの言葉で表現されています。①「聖書信仰(福音主義)」と、②「同盟教団の信仰告白(基本信条)」です。これは2つの枠組みがあるのではなく、同じ1つの内容を言い換えています。①を同盟基督教団として表現したのが②だからです。
「宣教協力理念」が定められた時、同盟基督教団の信仰告白は7箇条でした。今は8箇条です。ルター派や改革派の数十から百を越える信仰告白箇条に比べると、はるかに少ない数です。これを「簡易信条」と評する言い方がしばしばなされます。しかし「簡易」はネガティブな印象を伴う言葉です。手軽い、安直な、お粗末な、…不足感のある表現です。同盟基督教団は全教団的な議論を経て、私たちの信仰告白をそのような不備なものとは考えず、「基本信条」と位置付けていることを括弧書きで入れました。普通「基本信条」と言うと、全キリスト教会共通の土台である世界信条を指します(使徒信条、ニカイア信条、ニカイア・コンスタンチノポリス信条、カルケドン信条、アタナシオス信条)。同盟基督教団がこの言葉を使ったのは、自らの信仰告白を基本的な共通土台として宣教協力を進めるという意欲の表現であり、「簡易信条」とか「同盟基督教団には神学が無い」と卑下するのはやめよう、という前向きな意図が込められています。私たちの宣教協力の枠組みの広さと確かさを、ぜひご確認ください。
宣教協力理念4ー7「聖書信仰(福音主義)を枠組みとしての宣教協力である。特定の教派神学ではなく、同盟教団の信仰告白(基本信条)を枠組みとしての宣教協力である」