今年の春、理事会から信徒理事の依頼があった時はとてもびっくりしました。「私ですか?」というのが初めの心境でした。宣教区会議には議員として出席させていただいていましたが役務者などの経験は1度もなく、教団総会は20年以上前に2回程出席しただけでした。コロナの事情もあり「私に依頼が来るなんて、信徒理事を引き受けてくださる方がいないのだろうな」と思いました。
メールでいただいた信徒理事の働きと教憲教規が書かれた内容を確認しながら色々と考えました。信徒理事に選ばれた場合は月1度の理事会出席が求められていました。理事会は原則第1月曜日に行われるので、研修会や教団総会なども参加するとなると年間十数日の有給休暇を取らなければならないことになります。「少し考えさせて下さい」と返信をして、この事について祈り始めました。それと同時に状況を整理してみることにしました。
信徒理事の依頼が来た事を妻に話し「私はまだ早いんじゃないかな」と言ったら「あなたはもう、そういう年齢だよね」と当然の様に言われ、反対はしていない様子に少し背中を押された気がしました。私が勤める会社では年間20日与えられている有給休暇の完全取得を奨励していて、会社を休みやすい風土ができていることは感謝なことでした。子どもたちも学校を卒業し行事等で有給休暇を使うこともないだろうと思いました。また、3月に教会の役員を任期満了で終える予定だったこともあり条件は整っているのかなと思いました。
祈る中、聖書のことばに押し出されました。「主よ、私は知っています。人間の道はその人によるのではなく、歩むことも、その歩みを確かにすることも、人によるのではないことを」(エレミヤ10章23節)。私は「理事会の中で自分に何ができるのだろうか」と少し不安がありました。しかし、たとえ信徒理事になって私にできることが何か少しでもあったとして、その働きを神さまが確かにしてくださらなければ益にはなりません。「人の心には多くの思いがある。しかし、主の計画こそが実現する」(箴言19章21節)と書かれている通りです。神さまを信じ委ねて歩む中で、神の国とその義を第一に思う心が大切なのだということを改めて示されました。
信徒理事として期待されることは、信徒の立場から意見し、教職理事とともに教団の働きに仕えることです。また、同盟基督教団の部・委員会に所属し奉仕をします。会議に出席するようになって驚いたのは会議時間の長さです。私の教会の役員会は日曜日の午後2時から始まって遅くても夕食前には終わります。理事会は午前11時頃から始まって夕食後も終了するまでに数時間はかかります。報告や議案が多いことが要因ですが、一つひとつ丁寧に進めるなら仕方ないことだと思うようになりました。理事会で先生方と交わりが持てることは励ましが与えられとても感謝しています。今回選ばれた信徒理事3人は現役で働いているメンバーなので、ご配慮いただくことが多いので助かります。初めは会議の内容についていくだけで精一杯でしたが、最近は質問や意見を少しずつ言えるようにもなってきました。信徒理事の働きは初めてなので分からないことも多いのですが、主の導きに従いつつご奉仕ができればと思っています。理事会のためにお祈りで支えていただけたら感謝です。