2024年11月28日
主の御名を賛美します。読谷聖書教会は沖縄宣教区が沖縄ブロックと言っていた時、2000年にブロック開拓として始められ、2001年から2007年まで結城晋次先生、2007年から2023年まで大瀧信也先生、2023年から喜友名恵嗣が名護聖書教会と兼任という形で赴任して現在に至っています。
2024年の3月にS兄が渡久地海岸で洗礼を受けました。1945年4月1日にイースターの祈りをささげてから米軍が上陸した場所で、洗礼式が行われたことに、神さまの不思議な導きを感じています。
読谷には米軍陸軍基地が建てられ、沖縄全島への道が作られて、進軍して行きました。沖縄の米軍はほとんどが海兵隊ですが、沖縄唯一の陸軍基地は今でもトリイステーションとして使われています。その陸軍兵士のために建てられた外人住宅を読谷聖書教会の会堂として使用しています。パウロのように軍隊が作った道を、福音を伝える道にしていかなければいけません。
日本で一番人口が多い村として4万人程の読谷村は有名ですが、明治時代にはリバイバルが起きた村でもあります。現在読谷聖書教会員は9名ですが、イエスさまを信じて、福音を伝えて行きたいと願っています。4万人への伝道だけではなく、沖縄県の140万人を目指しつつ、次の1人の魂が与えられるようお祈りをお願いします。
読谷聖書教会の支援をよろしくお願いいたします。