今年度から教師試験委員会を理事として担当することになりました。これまでの約20年間は、青年部や中高生キャンプ、ほとんどの何とか大会やフロンティアのようなどちらかというと、お祭り系バックヤード係でした。今回、全く自信がないまま受けましたが、委員の方々はエキスパートなので安心です。それでも、委員長だからというので私には問い合わせの電話やメールが来ます。私がよくわからないまま答えると、「規則にはこう書いてあります」と逆に教えられることのほうが多いです。前任者の水草先生にも教えていただき、また審議では委員の先生方の的確な読解と判断力に助けられています。
試験課題は、日本同盟基督教団の信仰告白に沿って聖書個所と論点が決められた上で聖書の研究と説教がまずあり、それから教憲教規から指定されたテーマで小論文を書くというものです。補教師と正教師は内容や分量に違いがあります。また加入される先生方には私たちの教団の歴史をまとめた複数のブックレポートもあります。その他に神学校の成績証明書や教会、宣教区などの牧師からの複数の推薦書など、そろえる書類もたくさんあります。申請書の審査では神学教育機関での取得科目が基準を満たしているかも細かく調べています。本審査では、聖書の理解や伝え方が適切か、教規の理解が十分と言えるかなど、場合によっては再提出を求める時もあります。
このように列挙してみると、なんだか難しいことを求めている堅い教団だなと思われるかもしれません。私も何となく心の中では、そこまでしなくてもいいのではないかという気もしていたのですが、実際に受験者の方々とやり取りをしていて、このプロセスを通して伝えたいというか共有したいものがあることに気づきました。
それは、2004年夏に松原湖で行われたフロンティアで意識するようになったことです。講師の岡村直樹先生が夜に熱を入れて語ってくださる中、「同盟愛」という言葉が外の通路で聞いていた私たちに飛び込んできました。裏方仲間と顔を見合わせて、「この言葉を聞きたかったんだ」と自分たちがずっと大切にしてきたものをやっと言語化できた瞬間でした。
私が神学校時代のころから先頭に立っていたのは岡村又男先生でした。その頃の教団総会は天城山荘でしたが、よく議場が紛糾し議事が止まりました。会場係をしていると勝手に発言をしようとマイクを無理やり求める先生もいました。そんな秩序より熱気が上回るような中で若い自分が肌で感じたのは「同盟愛」でした。
また私は府中市の多磨教会の近くに住んでいたので、教会に行き始めた高校生のときからよく矢川駅近くの東京基督教短期大学のシオン祭やクリスマスに自転車で行っていました。そこでの学生は私から見ればキャンプで活躍するヒーローのような人がたくさんいました。私にとっては、当時のTCCも松原湖もそこは、同盟基督教団の中心地でした。ですから牧師になることはイコール同盟基督教団で働くこと以外には考えられませんでした。
これまでお世話になってきたたくさんの先輩の牧師を手放しにほめたたえられるほど若くはありませんが、時代の寵(ちょう)児のような賜物を持った人から目立たない不器用な人まで教会に仕える生きざまは多様でしたが、どの方にも「同盟愛」を感じてきました。
教師試験委員会も「同盟愛」を分かち合える場であり、真剣な審議を通してこれを共有できる仲間を迎えるための働きをしてきたのだと思います。新しい仲間が、この愛をもってともに働く人になってほしいと心底願いながら、提出された課題を読み進めています。