「全き人に目を留め 直ぐな人を見よ。平和の人には未来がある。」(詩篇37篇37節)
新年あけましておめでとうございます。
2025年の新年を迎えつつ、私たちは2024年の新年を思い出しています。2024年1月1日16時10分、元旦礼拝を終え、ゆっくりとした時間が流れている中、能登半島地震が起こりました。能登半島の地下16キロメートル、石川県鳳珠郡穴水町の北東42キロメートルの珠洲市内で発生した内陸地殻内地震で、地震規模はマグニチュード7.6でした。大阪でも建物が激しく、そしてゆらゆらと長く揺れました。テレビをつけると、元旦のバラエティ番組は、能登半島での地震の情報を伝える内容に一斉に変わり、平和で穏やかな年始は緊張の時、心の痛む日々に一変しました。
このような「能登半島地震」で始まった2024年ですが、地震は「能登半島地震」だけではありませんでした。8月には日向灘の深さ31キロメートルを震源とするマグニチュード7.1の地震が発生しました。この地震を機に「南海トラフ地震臨時情報巨大地震注意」が発表されました。また地震以外では7月に「秋田・山形の豪雨」、記録的な「猛暑」、そして9月には地震からの復興が少しずつ進んでいた能登半島に再び「能登豪雨」による水害がもたらされました。
それだけではありません。テレビや、インターネットで流れてくるニュースも、心が痛む事件や、事故が頻発しました。さらに海外から届くニュースも、戦争や争いの情報ばかりでした。「平和」が叫ばれ、「平和」が求められ、「平和を求める祈り」が献げられ続けた2024年でした。
しかし、人それぞれ、また民族それぞれ「平和」ということばに込めている思い、意味に違いがあります。敗戦を経験した日本での平和は、「戦争がない社会をつくること」でした。けれどもそのような取り組みを70年以上続けながら、今私たちが直面している社会は、能登半島地震でお亡くなりになった方々の約40 倍以上の方々が、毎年毎年自死を選択しているという現実です。だからこそ私たちは、聖書から、またイエスさまの教えから「平和」を知り、「平和」を学び、「平和」を実践していく必要があります。
イエスさまはこのように語られています。「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。」(マタイ5章9節)
2025年、私たちキリスト者は、「地の塩」「世の光」として、そして何よりも「平和をつくる者」として遣わされていることを、さらに自覚し、実践していきましょう。イエスさまはさらにこのようにも語られています。「さあ、行きなさい。いいですか。わたしがあなたがたを遣わすのは、狼の中に子羊を送り出すようなものです。」(ルカ10章3節)
今、私たちが遣わされていく社会は、まさに「狼の中」の様相でしょうが、イエスさまに信頼し、イエスさまに期待し、また神の家族の交わりに励まされ、「平和をつくる者」として世に遣わされていきましょう。