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つるぎを収めなさい 社会局局長 佐野泰道

つるぎを収めなさい

社会局局長 佐野泰道(霞ヶ関キリスト教会牧師)

「剣をもとに収めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。」(マタイ26章52節)

主イエスが、ゲツセマネの園で捕らえられる場面です。イスカリオテのユダは、よそよそしい態度で主イエスを裏切ろうとします。しかし、主イエスはユダに「友よ」と呼びかけ、ユダのすべてを受け入れようとして心を開いておられました。
兵士たちが主イエスに手をかけたその時、ペテロが剣を抜いて斬りかかります。そこで主イエスが言われた言葉が「剣をもとに収めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます」でした。
ある人は、これは当時、一般的に知られていた言葉ではないかと考えます。その場合、この言葉は《剣を取っても無駄だ、自滅するだけだ》という意味になります。
世界史の教科書は、当時を「ローマの平和」と呼びます。ローマ帝国の圧倒的な軍事力により、他国と戦争がない平和な時代が続いていました。とは言え、支配下に置かれた国々や諸民族はローマの言いなりになるしかありませんでした。仮に反乱や暴動を起こしても、「剣を取る者はみな剣で滅びる」、制圧されて命を落とすことになる、というのです。
主イエスがペテロに「剣をもとに収めなさい」と命じたのは、これと近い意味であったと私は読んでいます。元漁師が剣を取ったところで、訓練を受けたローマ兵にかなうわけがありません。返り討ちにされてしまいます。主イエスは暴走するペテロを静止させ、ペテロが剣で滅びることのないように、ペテロの命を守られました。
ただ、ペテロに勝ち目はありませんでしたが、主イエスには勝算がありました。「わたしが父にお願いして、十二軍団よりも多くの御使い」を送ってもらうことができたからです(53)。しかし、そうすれば十字架の救済が成し遂げられなくなる。主イエスは救いを成就するために剣を収めさせました。
「剣を取る者はみな剣で滅びます。」私はこのみことばから、2つのメッセージを教えられています。
①暴力が暴力を生む現実をよく見る。昨年、日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)がノーベル平和賞を受賞しました。本来は手放しで喜ぶべきことでしょう。しかし、この受賞が世界の現実を物語っており、それだけ核兵器が使われる危険性が高まっていることの表れだとするならば、どうでしょうか。
私たちは、「停戦」という言葉が簡単にミサイルやドローン攻撃に置き換わってしまう時代に置かれています。「和平」を話し合うのに、「剣を取る」ことが必要とされる現実があります。
戦争は殺人の延長線にあるものではありません。殺人は「人を殺してはいけない」という法律のもとにあり、法律違反として罰せられます。しかし、戦争は「◯◯国の人は殺して良い」というその場限りのルールが作られ、人を殺すことが正当化されます。限定的とは言え、ルールが一八〇度変わってしまう。このルール変更は人の良心を踏みにじり、思考を混乱させ、深いダメージを残します。恐ろしいことです。このような現実から目をそらすことなく、心を合わせて祈りましょう。
②「剣」を出したいところで主イエスを出す。この「剣」は支配する力であり、復讐心・恨み・怒りなどと置き換えることができるでしょう。ユダは主イエスに対して「剣」を向けました。しかし主イエスは「剣」ではなくご自身を差し出し、ユダに「友よ」と語りかけました。
主イエスは、人類が互いに剣を取って滅ぼし合うことを望んでおられません。私たちが「剣」を出したいところで主イエスを差し出し、主イエスに従う選択をするなら、そこに小さな平和がつくられます。これは、平時にも有事にも、神の子どもとされた私たちに与えられている行動指針です。「平和をつくる者は幸いです。」(マタイ5章9節)

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