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国内宣教~ 特集~ フランソン・スピリット

国内宣教~ 特集~ フランソン・スピリット

「私にとってのフランソン・スピリット」

水草修治(苫小牧福音教会牧師)

私の牧師室の机には写真立てがあって、妻の写真とフレデリック・フランソンの写真が入っています。私が受洗したのは神戸の改革長老教会東須磨教会でしたが、土浦めぐみ教会で信仰生活をしていた大学時代に献身を決意し、同盟基督教団に転じました。理由はこの教団には福音未伝の地を目指すフランソン・スピリットがあると知ったからです。神戸の人たちは「救われたい」と思えば近所に教会がありますが、日本中には通う教会がない地方があります。福音を聞くチャンスがない人たちを、そのままにしておけないと思いました。
大学卒業後、神学校の3年間、「日本福音土着化祈祷会―葦原―」を毎月曜日、友人たちと守りました。卒業後最初の任地は東京練馬でしたが、友人たちと「日本福音土着化研究会」を、春の教団総会と秋の研修会の前日に続けました。やがて「私を教会のない地に遣わしてください」と祈るようになり、九年目の春、練馬を発って、長野県南佐久郡小海町で借家をして開拓伝道を始めました。確かに主は生きておられ、谷あいの町に神の家族が生まれました。奉仕は22年間でした。(拙著『私は山に向かって目を上げる』を参照)
1891年11月22日、15名の宣教師が横浜本牧埠頭に上陸しました。フレデリック・フランソンが設立した北米スカンジナビアン同盟宣教団の宣教師たちです。これが日本同盟基督教団の始まりです。フランソンは献身志願者に、第1に「君は救われているかね?」第2に「君は迷える魂をキリストに導いたことがあるかね?」第3に「君はキリストのために喜んで死ぬことができるかね?」と問い、明確に「イエス」と答えた者だけに訓練を施して宣教地に派遣したそうです。同盟宣教団の宣教師たちは、伊豆半島、房総半島、飛騨地方、アイヌ人地域に伝道しました。幕末明治維新に来日した諸教派はすでに東京・横浜・大坂・神戸・札幌など都市部に伝道していたからです。戦後、わが教団は都市伝道にも力を入れるようになりましたが、地方教会をも重んじる気風はこの来歴によります。
現在、教団では「フランソン精神」を⑴犠牲を惜しまない宣教の姿勢⑵未伝地に向かった救霊の情熱⑶世界的な広い視野に立った宣教⑷主イエス・キリストの再臨を待ち望む、緊迫感のある宣教であると受け止めています。私たちは、時代は変わってもこのフランソン・スピリットを胸に宣教に励みたいと思います。

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