
私が初めて会った宣教師はTEAMのダビデ・マーチン先生でした。「私の目は青く、皆さんの目は黒い。目の色は違っても流れる涙は同じです」そう言われると、先生の目から涙がこぼれました。あふれる救霊愛の涙に驚き感動したことでした。
TEAM・同盟基督教団の源流はフレデリック・フランソンであり、彼の呼びかけに応えて1891年に派遣された15名の宣教師です。最年少19歳のメリー・エングストロームは、天然痘で苦しむ、ある夫人の宣教師を「同胞に尽くす事はキリストに尽くすこと」として看病する中で罹患し、来日3カ月後に天国への希望と日本宣教の思いを伝え召されました。
彼女の純真な愛と献身の信仰に励まされた14 名の宣教師にとって、遺骨埋葬の2日後開いた送別会は、「日本宣教の幻に燃えた『派遣式』ともなり、それぞれが伝道の最も困難な地に散らされて行きました」( * )
1994年に飛騨諸教会が開いた「飛騨キリスト教100周年記念大会」で、高山教会出身の講師、木下弘人先生は、参加者に熱く献身を迫りました。「伝道者として献身するか、信徒として献身して教会を支えるか、二つに一つ」と。
その大会で迫害の中で伝道する開拓者の様子を演じた寸劇の中で印象に残った青年がいます。後に伝道者として献身した矢田紫野宣教師です。
初代15名のうちの12名は信徒でしたが、今も献身して諸教会に仕え支えている信徒たちが大勢いることを思い、御名を崇めます。
教団の教憲前文はフランソン精神を持って派遣された15名の宣教師に始まる本教団の歴史と存立の目的を記した後、「この目的のために、犠牲を惜しまず、積極的な開拓伝道と堅実な教会形成による国内宣教および『日本とアジアと世界』を視野に入れた国外宣教を推進して、地の果てまで福音を宣べ伝える」とうたっています。前文記載の目的が果たされるために、源流にあるフランソン精神をいつも心に留めたいと思います。
余談ですが、15名の内の2人、リンドストロームとメリーの姉クリスチーナ・エングストロームは一時帰国後、C&MAの宣教師として再度来日して結婚、広島県を中心に宣教して、「アライアンス開拓の父」と呼ばれるまでになりました。退職後は「日本で一番伝道のしにくい所に伝道しようと志を立て、仏教のメッカである奈良」( * ) で開拓しました。日本基督教団奈良高畑教会です。フランソン精神を貫き生きた人がここにもいるのです。
( * )「奈良高畑教会史―宣教80周年記念―」から引用