
9月15日3時に古川教会に到着し、高橋愛一郎牧師ご夫妻に迎えられ、美しい古川の街を散策しました。高橋真治先生と坪根愛香姉が加わり11人でしの旧会堂跡地に行きました。ベルグストロム宣教師を匿い、1904年の大火で焼け残ったというエピソードのある今宮橋の英旅館跡地も訪ねました。対岸の寺の鐘楼は121年前と同じでした。右の写真を見比べてください。
散策を終え、車で教会の墓地に向かいました。十字架を掲げた立派な納骨堂が、広い斜面の真ん中に堂々とありました。そこには1906年の第1回洗礼式で受洗し、写真店を営み古川教会を支えた森兼次郎、古川町長の娘で信仰をもって夭折した本田静の墓もありました。第1回洗礼式の場所を探して宮川上流の松橋付近の洗礼場まで行きましたが特定できず、まだ探査中です。
温泉で疲れを癒し、夜は一日の振り返りと古川教会の資料調査をしました。中田重治や森永太一郎など多数の書と路傍伝道で用いた太鼓や教会の唐傘など歴史的なお宝を拝見しました。
翌9月16日は、朝から日本基督教団飛騨高山教会を訪問しました。同盟の高山教会により1949年から上枝(ほづえ)村に開拓伝道がなされ、大塚清明牧師の同盟辞任により57年から単立上枝教会となり、ご子息の信明牧師を迎えて日本基督教団飛騨高山教会として歩んでこられました。大塚信明前牧師、水谷惠子姉、遠藤浩子姉、石原つや子姉が歓迎して下さいました。
その後、奥深山井作牧師ご夫妻に迎えられ、高山祝福教会の資料調査をしました。F.フランソンの短冊や昔日の写真、路傍伝道の太鼓など多くの貴重な資料を調査ました。召天会員の名簿一覧は圧巻でした。
次に、高山祝福教会墓地に行き、同盟協会の初期に大きな働きをした真島慶三郎牧師と幼くして亡くなったジョセフ・アンダーソンの墓を見学しました。その後、市街地に移動し、観光客で大賑わいの三之町の旧会堂(右下写真)を訪れました。江戸を模した街並みに、唯一の三角屋根の旧会堂は現在お土産屋さんで、高山
名残惜しい高山に別れを告げ、南下して下呂に向かいました。途中、下呂教会の墓地に寄り、下呂聖書教会の会堂に行きました。下呂では温泉寺にあるというこの地の古い信徒山田愛次郎の墓を探索しました。崖にへばりつくような墓地をくまなく探し、最後に無縁墓の中に、十字架が刻まれたその墓石を発見しました。愛次郎は美濃キリシタンの末裔の養子でした。亡くなった1914年ころ、下呂では同盟協会の関清治が伝道をしていましたから、その教会に加わったかもしれません。下呂伝道はその後途絶え、戦後再開されます。田口倫子先生に会い、2泊3日の教団史飛騨ツアーは無事に終了しました。