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日本同盟基督教団 教団事務所 

父の願い  青少年局長 西村敬憲

父の願い
青少年局長 西村敬憲(西大寺キリスト教会牧師)

「兄は『行きたくありません』 と答えたが、後になって思い直し、出かけて行った」(マタイ21章29節)

イエスのたとえ話です。父から「ぶどう園に行って働いてくれ」と頼まれた兄弟の兄のほうはそっけない返事をしましたが、後で行きました。しかし、弟のほうは「行きます、お父さん」とさわやかに答えるのですが、 「行かなかった」のです。

この話は「祭司長たちや民の長老たち」 (23節)に向かって語られています。律法を守ることには熱心でも救い主としてこられたイエスを信じようとしないことを弟に重ねています。そして、イエスに従ってきた「取税人たちや遊女」 (32節)は、当然この兄と重ねられています。

この2人の最初のリアクションの違いは、問題ではありません。返事がいいかどうかではなく、結局、父のことばに応えて行ったのかどうかです。当然、最初は父をがっかりさせても「願ったとおりにした」のは兄でした。父にしてみれば逆転ホームランのような嬉しさだったはずです。逆に言えば、いくら待っていても行こうとしない弟に対しては、期待していただけにがっかりとした気持ちになったと思います。
この話で繰り返して、強調しているのは、 「思い直す」 (29節、32節)という言葉です。その意味するところは、 「信じ」ることでした。 「取税人や遊女たち」がイエスを信じたところにイエスの喜びがあったことは言うまでもありません。ですからイエスが願うのは、 「思い直して信じる」ことであり、それは当時人々の尊敬を集めていた人たちに対しても問いかけられたのです。しかし、彼らは思い直してイエスを信じることをしませんでした。
次世代の育成を考えるときに、クリスチャン家庭に生まれ育った子どもの多くが受洗しても、半数以上が教会から離れているという現状があります。多くの場合、中高生の時期に離れていくので、この年代に温かなまなざしで向かい合うように教会が自覚的に目指していくようにと提唱したのが「ミッションテモテ21」です。
多くの牧師や役員、教会学校の先生や保護者が、目の前の中高生に向かい合ってこられ、教会は中高生のいやすい場所へとゆっくりと歩んできました。また、高校生聖書伝道協会(hi-b.a.) やキリスト者学生会 (KGK)といった教会が信頼できる場所で、すばらしい出会いや学びやトレーニングのチャンスを与えられてきました。そうやって、たくさんの人たちに愛されて現在の20代を中心とした人たちがいます。しかし、信仰から距離を置いている人たちも依然として教会に集う青年の数と同じくらいいます。その1人ひとりにこれまで関わってきた人たちの祈りが今日もあるでしょう。

イエスのこの話の「兄」がどうして「思い直した」のかは語られていません。それはだれの働きかけでそうなるのかもわかりません。それは、神のわざだからです。だとすれば、距離を置いている人たち誰にも「思い直して信じる」ことがありうるのです。
教会で長い間、人の心に蒔かれ続けられてきたもの、聖書の言葉や、愛されてきた経験が、どのようにその人の「信じること」に形づくられていくのかということは私たちにはわかりません。しかし、この父が「ぶどう園に行って働いてくれ」と言ったように、主は離れている1人ひとりにも使命を委ねようと声をかけているのだと思います。
そして、 「思い直して信じ」 、ぶどう園に行くように、主の働きに応えて教会や社会や家庭で「父の願った」生き方へ向かうようになるチャンスは用意されているのです。フロンティア青年宣教大会のような教団の大会も「思い直す」場に用いられてきています。
今は、 「行きたくありません」と教会から距離をおいていても、いつかともに主を見上げて生きることを信じて祈り、主のわざを待つ静かな青年宣教の働きも共にしたいと思います。

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