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日本同盟基督教団 教団事務所 

父を想い、神さまの愛を知る 国外宣教委員会担当理事 吉持 日輪生

父を想い、神さまの愛を知る
国外宣教委員会担当理事 吉持 日輪生(茨木聖書教会牧師)

私の父、吉持章(支援教師)は、2019年6月14日に召されました。これまでの皆さまとのお交わり、お励ましを心から感謝いたします。
今回は、そんな父のことに触れながらのメッセージを書かせていただきました。

「わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。」(出エジプト記20章6節)

私の父、吉持章はよく「父さんは、育ちが悪いから」と話していました。実際、父は9人兄弟の9番目ですが、上の8人とは父親が違い、辛い思いをしたと聞いたことがあります。父が亡くなり、戸籍を通して見えてきたことは、父の出生時の名前は「川口章」でした。その後結婚して「吉持章」になっていますが、結婚前に神学校、教団で使っていた名前は、父の母親の姓の「鈴木章」でした。恐らく戦争中で生活困難な鈴木家に転がり込んだと思われる私の祖父川口一郎と、祖母鈴木まさとの間に父は生まれました。その後父が10歳になる前には、川口一郎は家を出てしまい、後にタマという女性と結婚しています。父の姉からの話では、父は、川口一郎が鈴木家を出た数年後、川口一郎と会う機会があったようですが、タマさんに追い返され、それ以降川口一郎の元に行くことはなく、危篤の知らせを聞いても、お見舞いに行かなかったようです。
実父の温もりを10年も味わうことなく、その後は父親違いの子として兄弟からいじめられ、15歳で家を出て大工となった父は、どこで、何をもって、父親業を学んだのだろうかと、父、吉持章の末っ子として思い返します。なぜなら私にとって本当に父は父親らしい人だからです。そのことを思う時、父にとって、聖書の父なる神さまの存在が、大きかったと思わされます。父なる神さまから、父としての姿を学び、実践したのでしょう。
そして私自身が父となって、今思うことは、吉持章は自分に背負わされた複雑な生い立ちという負の遺産を、子どもたちには全く引き継がせなかったことです。父は、必死に祈り、なんとかしてその負の流れを、自分のところで食い止めようと神さまと共に格闘し、実際に食い止めたのです。父なる神さまの愛の豊かさ、大きさ、素晴らしさを感じます。
私が、自分のライフワークの中で取り組んでいる福祉的な働きを思う時、私は父になかったものを自分が関心を持ち担っているというよりは、私の父の中にあった一部を引き継いでいるという思いが強いです。私には想像できない程の大きな愛の欠乏を背負わされながらも、父なる神さまと出会い乗り越えることができた父。その父からにじみ出てくるすばらしい神さまの愛に育まれた私だからこそ、私も愛の不足の中で様々な痛み、課題を担っているひとりひとりを受け入れ、受け止めたいと思わされているのでしょう。
「世の光」紙を読む方々の中にも、様々な負の遺産を背負い歩まれている方がおられることでしょう。そういう方も、父なる神さまの深く、大きな、そして豊かな愛に包み込まれて歩むなら大丈夫です。神さまは、あなたの負の流れを、必ずあなたのところで食い止めてくださいます。あなたも神さまの恵みのみを、次の世代に残すことができます。神さまに信頼して歩みましょう。