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社会厚生部 認知症と教会Vol.3 〜認知症当事者のレジェンドたち〜

社会厚生部
認知症と教会Vol.3 〜認知症当事者のレジェンドたち〜
東京基督教大学准教授 井上貴詞(土浦めぐみ教会教会員)

認知症の人の知られざる内面世界の扉を開いたのは、オーストラリア在住のクリスティーン・ブライデンさんです。政府の高官だったクリスティーンさんは、1995年に46歳でアルツハイマー病と診断され、人生の途上で絶望の淵に追い込まれます。しかし、周囲の助力と神への信仰によって奮い立ち、また元々知性の高かったことも幸いして、自分の体験を綴(つづ)った出版や講演を始めるようになりました。認知症当事者活動の先駆者です。
2003年にクリスティーンさんの『私は誰になっていくの? 〜アルツハイマー病者から見た世界』が邦訳出版され、同年に初来日して大きな反響を呼びました。この本を読むと、認知症進行の困惑や苦悩、恐怖や深い喪失感などの負の感情面とともに、認知症当事者が感じる内面世界が手に取るようにわかります。「認知症の人は、認知から感情、魂へと続いている大切な旅をしている。(中略)本当に大切なものは残る。そして消えゆくものは大切でない」と語るクリスティーンさんの言葉には、スピリチュアルな旅の伴走者としての神が証しされ、宝石のような信仰告白が散りばめられています。
認知症研究の第一人者、長谷川和夫医師は、英国の牧師・心理学者のトム・キッドウッドが提唱した「パーソン・センタード・ケア(その人中心のケア)」の普及にも貢献したクリスチャンでした。
長谷川医師は、1987年に55歳で認知症と診断された岩切健氏との衝撃的な出会いを経験しています。岩切氏は、牧師で教会付属幼稚園の園長もされ、音楽の豊かな賜物があふれる方でした。氏は発病してから次のような詩を遺しました。

僕にはメロディがない 和音がない 響鳴がない
頭の中に いろいろな音が 秩序を失って 騒音を立てる
メロディがほしい 愛のハーモニーがほしい
この音に響音するものはもう僕から去ってしまったのか
力がなくなってしまった僕はもう再び立ち上がれないのか
帰ってくれ僕の心よ 全ての思いの源よ
再び帰ってきてくれ あの美しい心の高鳴りはもう永遠に与えられないのだろうか
いろんなメロディがごっちゃになって気が狂いそうだ
苦しい 頭が痛い

後に介護の教科書にも掲載されるこの詩に遭遇した長谷川医師は、認知症の人のこころの声を初めて知ったと心が震え、この時を境に認知症研究に生涯をかける決意を固めました。
長谷川医師は晩年に自ら認知症となり、召される前年の2020年1月にNHKスペシャルでその姿が放映されました。番組では、この詩の作者のエピソードは全く描かれていませんが、長谷川医師と岩切氏との邂逅(かいこう)はまさに天の配剤でした。またその番組の最後の場面で「認知症は…神さまからの贈り物」と長谷川医師が語っていたことも印象的でした。
他にも佐藤雅彦氏など認知症当事者のクリスチャンの活躍があります。彼らは、認知症になった時でも信仰者としての幸いと希望を証しするレジェンドですが、彼らのそばにはいつも支え、伴走する「となり人」が存在しました。次回は、そうした伴走者となるための実際面を紹介いたします。

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