認知症の不穏な症状を和らげるアプローチには、薬物療法と非薬物療法があります。薬物療法は、適切な薬を投与する事で症状を和らげ、進行を遅らせる事に貢献します。かかりつけ医(認知症の非専門医)が初期診断して薬を出すこともありますが、人によっては副作用が強く現れ、病状の進行や生活上のリスクを招く場合もあります。病状に応じた医療機関の選択と過剰な期待をしない患者サイドからの正しい情報提供が成否の鍵です。
非薬物療法は、薬に頼らず「その人らしさ」を引き出すぬくもりのあるケアの方法です。回想法、音楽療法、園芸療法、アロマセラピー、アニマルセラピー、バリデーションやタクティ―ルケアなどたくさんのアプローチが存在します。今回は教会でも取り組めそうな非薬物療法のひとつ「回想法」に着目します。
回想法は、1960年代に精神科医のロバート・バトラーによって提唱されました。聞き手が共感的・受容的にかかわり、高齢者が過去を回想し、語り合うことを通して、情緒の安定や意欲の向上、社会交流の促進を目指します。日本では、脳を活性化し、認知症の進行を遅らせ
るライフレビュー(回想法の発展形)としてケアの現場に知られています。
体で覚えた手続き記憶は保持性が高く、昔馴染んだ作業や趣味は回想法の好材料です。団塊の世代が子ども時代に遭遇した紙芝居の演目(鞍馬天狗や黄金バット)やそれを一途に鑑賞する子どもたちの写真なども懐かしい時代の思い出をよみがえらせる材料となります。田植えや味噌づくりなどの田舎の写真や昔の道具も良いでしょう。幼い妹や弟を背負った子どもが鍋に豆腐を入れて運ぶシーンなども当時の苦労話や思い出を語っていただくには好場面です。当時流行の音楽や映画などを提示するといっそう懐かしさがこみ上げ、情感がかきたてられます。
教会の高齢者の集い等で認知症のあるなしを問わずに実施でき、工夫を凝らせば認知症の方が主役になれるような効果的な取り組みが期待できます。
また回想法に近似したアプローチとして高齢者からの「聞き書き」があります。その人に語っていただき、「教えてもらう」という立場で真摯に傾聴することでその人の人生を知り、敬意や愛情が生まれます。また、聞き書きを形にし、記憶や文化の継承にも役立ちます。
看護師であり牧師でもあるオーストラリアのエリザベス・マッキンレーは、第3回で紹介した認知症当事者クリスティーン・ブライデンとの対話を通して、単なるライフレビューでなく、スピリチュアリティと語りを重視したアプローチを構築しました。そこでは人生・人間関係・希望・信仰が重視されています。萎えていくからだと脳ですが、神と共に歩んだその蓄積の記憶の証しは、それに耳を傾ける若い世代の魂も揺さぶるものです(Ⅱコリント4章16節)。歴代誌は、ダビデ王朝からイスラエル王国の分裂・滅亡までを扱っていますが、執筆年代は一世紀ほど後の時代で、バビロン捕囚から帰還したイスラエルの民が「神を礼拝する民のアイデンティティ」を思い起こすために記された書です。歴代誌に限らず、聖書には「記念として祝う」「忘れないように命じる」「次世代への継承」「信仰者の記憶」など「思い起こして心に刻むこと」の重要性が繰り返されています。教会における回想法の実践は、宣教師時代や開拓期を知る認知症高齢者の記憶を呼び起こし、若い世代に知らしめる役割も担う聖書的アプローチと言えるでしょう。
「私たちは とこしえまでもあなたに感謝し 代々限りなく あなたの誉れを語り告げます。」( 詩篇79篇13b 節)