「主は私のためにすべてを成し遂げてくださいます。主よあなたの恵みはとこしえにあります。あなたの御手のわざをやめないでください。」(詩篇138篇8節)
4月から信徒理事の奉仕をしております。定年退職後も10年以上仕事をしてきました。自分の中では早く仕事を辞めたいという思いでしたが、ようやく今年の3月で仕事を終えることができました。仕事を辞めることが決まったタイミングで信徒理事のお話をいただきました。その時、なかなか仕事を辞めることが許されない中で「いつまで仕事をすればよいのでしょうか。仕事を辞めることができたなら、もっと主にお仕えします」と祈ったことを思い出し、理事にはふさわしくないものであることは、自分自身が一番承知しておりますが、主が声をかけてくださったなら、それにお応えしたいと決心し、主が支えてくださるとの約束を信じ、お引き受け致しました。
理事になって最初に気づかされたことは、理事の先生方がそれぞれに教会の働きを担っておられながら、さらに教団のために献身的に仕えておられることでした。そういう姿を見させていただきながら、同盟基督教団の理念は宣教協力にあるのだと思わされています。
先生方のご労に比べると信徒理事は担えるところは少なく、申し訳ないような気がしています。
私が籍を置く新潟福音教会では、いま祈祷会で詩篇を毎週1篇ずつ学んでいます。野田秀著「詩篇の愉しみ『みことばの光』から」(聖書同盟刊)をテキストに、さらにティンデル聖書注解も用いて、牧師先生が解説をしてくださいます。そののち、しばらくそれぞれでみことばを味わった後、示されたことを分かち合います。
4年以上に渡って続いてきたこの学びも終わりに近づいてきましたが、138篇からふたたびダビデの詩篇が現れました。ダビデの詩篇は詩篇全体の半分を占めるそうですが、わたしにとっても祈りのよりどころとなっています。
「主は私のためにすべてを成し遂げてくださいます。」とのみことばが目に留まりました。これまでの歩みを振り返った時、「成し遂げた」などと大それたことをしてきたわけではありませんが、それでも常に主がこの小さい者の歩みをあわれみをもって守り導いてきてくださった事を思います。
1人では抱えきれない作業を任されたり、自分には身に過ぎた職が与えられたりして、困難な道ばかり歩まされているように思っていました。また、両親の介護の必要に迫られた時は、休職、あるいは退職しか方法がないのではないかと悩みました。しかし、主はいつも知恵と力を与えてくださり、助け手を起こしてくださり、支え続けてくださったと改めて思い起こされます。そして、これからもその恵みを覚えつつ歩みたいと、「あなたの御手のわざをやめないでください」と願いました。その時、信徒理事としてできることがあるとするならば、祈ることだと思わされました。当時特に祈る必要を覚えていた教会がありました。その教会のためにも「あなたの御手のわざをやめないでください」と祈るようにと示されたように感じました。
これまで「祈りのネットワーク」や「世の光」などでしか得ることのなかった他教会の情報を知るようになって、祈りの課題は増え続けています。それぞれの教会のために祈ることができるのは大きな恵みです。教会だけでなく、各部・委員会の働きなどにも関心を向けることができるようになったことも感謝です。
私自身も多くの方が祈りに覚えてくださっていることを知り、励ましを受けています。お祈りに感謝しつつ、主に忠実に歩んでいきたいと願います。