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日本同盟基督教団 教団事務所 

国内宣教 ~特集~ フランソン・スピリット 第8回

国内宣教 ~特集~ フランソン・スピリット 第8回

「フランソン・スピリットと世界宣教」

清野勝男子(支援教師・元インドネシア派遣宣教師)

私は牧師になり、同盟基督教団の宣教師になり、国外宣教委員会の委員長として奉仕しました。その経験に関連して記すことにします。
1 8 9 0 年、ハドソン・テイラーは『2億5千万人の中国人のために1 0 0 0名の宣教師を!」と呼びかけました。欧米のクリスチャンたちは、中国をそして世界を見るようになったのです。フランソン師にとっては、まさに世界宣教への主の召しでした。フランソン師はその直後から火の玉のようになって、欧米の教会を巡回して、世界宣教を呼びかけたのです。
フランソン師によって設立あるいは強く影響を受けた諸宣教団は、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、ドイツ、デンマーク、スイス、北米に広がっており、その数は13宣教団に達しています。それらの諸宣教団から派遣された宣教地は1 0 0 ヵ国以上、そして1 9 8 3 年までに派遣された宣教師数は1、6 7 6 名に達していました。さらに16宣教団のうち、11の宣教団が日本に宣教師を派遣している事実は驚きであり感謝なことです( モーテンソン著、『G o d m a d e i t g r o w 』から)。
フランソン・スピリットは「犠牲を惜しまぬ、未伝地宣教の救霊の情熱」でした。
日本では、木下弘人師はその著書『燎原の火のごとく』をとおして「フランソン・スピリット」を紹介し、その伝統を強調されました。そして木下師と当時の伝道部は、未伝地伝道を掲げて、地方のキャラバン伝道を実践していました。
フランソン・スピリットは、「世界を視野に入れた世界宣教の情熱」でした。
「世界を視野に入れた世界宣教の情熱」は、同盟基督教団の国外宣教の働きにも実践されてきたと言えるでしょう。1970年代の日本の福音的な教会には、国外宣教の機運が起こっていました。数人の日本人宣教師がアジア諸国に出かけて行き、先駆的働きをしていました。特に同盟基督教団では、日本の植民地支配の被害を受けた韓国や東南アジア諸国への宣教が志向されました。この歴史認識は安藤仲一師、朝岡茂師、吉持章師らによって強調されていました。
私自身も1 9 7 2 年に東部ジャワの寒村を訪れた時に、息子を日本軍に殺された村人から「日本人は残虐だ」と叫ばれた経験から、加害者日本人を自覚しました。そして戦後30年代に生きる日本人キリスト者として、この歴史的負い目の償いの意識をもってジャワに向かいました。
フランソン師にとっては、中国宣教の呼びかけがその召しになったように、同盟基督教団の指導者たちにとっては、この歴史認識が同盟基督教団の国外宣教の召しになったのです。同盟基督教団の国外宣教は「歴史的負い目を担う国外宣教」だったのです。そして今年は戦後81年、加害者としての歴史の負い目は、すでに償い尽くしたのでしょうか。
(次回へ続く)