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日本同盟基督教団 教団事務所 

クリスチャンのための精神医学講座 ②

クリスチャンのための精神医学講座 ②

パーソナリティ障害について

精神科医  岡田淳夫(金沢中央教会教会員)

精神科医でも対応に苦慮する疾患の1つとしてパーソナリティ障害が挙げられます。特に境界性パーソナリティ障害について述べたいと思います。圧倒的に女性に多く、知的に高いにもかかわらず、対人面での不安定さが特徴で、依存と拒絶を繰り返して正反対の行動を取ることや、思いを通そうとして他者を操作すること、それがうまくいかないと見捨てられ感を抱いて抑うつ的になり、自傷行為や自殺未遂等の行動化が生じる問題を有しています。リストカットや大量服薬(OD‥over dose)がよく見られ、彼氏から見捨てられることが不安で不当な要求に応じたり、パートナーが変わっても同様の行動で自分を傷つけてしまうことも見られます。診断は18歳以上ですが、それ以下の年齢でも徴候は見られ、親子間の問題として取り上げられることが多いようです。
一見、うつ病のような状態を示しますが、その違いは、うつ病が「自分が悪いから」と自責的になる事に対して、「他の○○が悪いから」と他罰的になる点にあります。母親に矛先が向くことが多く、振り回される母親が苦しみ、穏便に済まそうと言いなりになってしまうようです。本人のためにと思いつつ、忖度(そんたく)して気持ちを害さないように、問題をこじらせないようにと配慮してかえって状況を悪化させることになりがちです。本人は良い結果につながらない方向に母親を誘導しているとうすうす気づいているのですが、母親がそれに乗ってしまうと分かってもらえないという思いにますます陥って、結局不本意な気持ちに終わってしまいます。
押さえておくべきことは「主体性」というコミュニケーションにおける意識の大切さで、私達日本人が苦手とする所です。例えば「この事について私はこう思う、こう考える」というような表現です。I-message と言います。お互いの意見が異なることは当然あり得ることです。問題は、他人には知り得ない自分の内面について、こう思っているんだろうと決めつける会話の仕方に強い違和感を抱きつつ、自分が話すときにはそれ以上に相手の思いを決めつけて立ち入り、「分かってくれない」と強く感じてすれ違う会話の様式にある点です。I-message をしっかりと踏みしめていかないと互いにかみ合わないやり取りに終始してしまいます。たとえ本人がそうしなくても関わる人はI-message を心掛けていくこと、それ自体が治療的な意味、主体性を尊重し、人として尊重されることにつながっているのです。
家庭でも教会でも異なる意見を言い合い、聞き合うことは大切にされるべきことですが、主体性を意識する姿勢に慣れていないと感情的になったり、力で推し進めることになる危険性をはらんでいます。「あなたの考えはいつもそうだ」とか「どうしてこう考えられないんだ」などの表現には互いの主体性を認めない強いメッセージが内在しているので、多くはそこにコミュニケーションの限界を感じるのですが、境界性パーソナリティ障害では自分の中にある問題だからこそ、特別強く反応してしまい、相手の領域に深く踏み込んで状況を悪化させる悪循環に陥ってしまうわけです。境界性パーソナリティの傾向は程度の差はあれ、誰もが有する側面でもあり、家庭内の行き違いやパートナーとの関係で表面化して医療につながるケースが見られます。
一方、クリスチャンとしてできることもあるのではないでしょうか。この傾向を持つ人に愛情欲求が強く見られるため、無理な要求を家族に強いて、家族が社会生活、教会生活を送ることが苦しくなることもあります。その家族への励ましが大切ですし、本人は自分が愛されていると感じられない苦しさを必死になって周囲にぶつけているゆえに、唯一心の奥底を知り、最善に導かれる神だからこそ内面に深く入ってくださり、委ねて信頼できる真の愛を明確に示すことは、クリスチャンの強みと考えてもよいと思われます。