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日本同盟基督教団 教団事務所 

教会の会議 副理事長 水草修治

教会の会議
副理事長 水草修治(苫小牧福音教会牧師)

「それで、パウロやバルナバと彼らの間に激しい対立と論争が生じたので、パウロとバルナバ、そのほかの何人かが、この問題について使徒たちや長老たちと話し合うために、エルサレムに上ることになった。」(使徒15章2節)

地域教会と全体教会
2月、3月は、各地域教会において総会が開かれ、教団総会も開かれることになります。4月になれば宣教区会議が開かれる地域もあるでしょう。そこで、教会における会議とは何なのかということを、新約の教会史上最初の公会議であるエルサレム会議の経緯に学びたいと思います。
ことの発端は、アンティオキア教会に、パリサイ派出身でキリストを信じた者たちがユダヤからやってきて、イエスを信じた異邦人たちに、「モーセの慣習にしたがって割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と主張したことでした。異邦人キリスト者たちは不安になりました。パウロやバルナバは、これに反論し激しい論争となりました。
割礼問題は、アンティオキア教会だけの問題に留まらない福音の本質にかかわる事柄であると判断した彼らは、エルサレムに行き使徒たちのもとで、割礼問題が公に議される必要があると考えました。
地域教会の自律はたいせつなことですが、地域教会だけで扱えることがらと、地域教会を越えて全体教会で扱うべきことがらがあることを、彼らはわきまえていました。

神のみこころを
会議では、まずパウロとバルナバは、悔い改めて主イエスを信じた異邦人には、確かに聖霊が与えられた事実を報告しました。これに対して、ユダヤ主義者たちは、異邦人たちにも割礼をはじめとしてモーセの諸々の儀式律法を守らせるべきだと主張しました。もし彼らの主張が通れば、異邦人伝道は進まなかったでしょうし、私たちは豚カツやうな丼を食べてはいけないことになったでしょう。
会議の結論部において、ペテロは立ち上がって次のように述べました。異邦人にも主イエスの恵みによって聖霊が現れてきよめられたことからして、神は異邦人に割礼を施すことを求めてはおられない。だから、割礼をはじめとするモーセの律法のくびきを異邦人に負わせるべきでない、と。そして、主の兄弟ヤコブは異邦人の救いは、旧約の預言者の告げたことと一致することを確認しました。
会議では両者の主張が十分に戦わされて、神が進めておられるみわざに関する正確な証言と、神のことばの裏付けとに基づいて、神のみこころが求められたのでした。教会の会議で求めることは、誰か人間の満足でなく、神のみこころです。

明確な原則と柔軟な適用
こうしてキリストの福音による救いと、割礼その他の儀式律法は関係ないという原則が明確にされました。
しかし、ヤコブはモーセの律法は昔から、安息日には町ごとにシナゴーグで読まれていることに鑑みて、淫行・偶像に供えられたもの、絞め殺した物、血を避けることだけは、求めました。それはモーセの律法に慣れ親しんできた人々に、キリストの福音に対する無用なつまずきを与えないための配慮でした。

まとめ
以上、エルサレム会議の様子から教会の会議について、3点学びたいと思います。
第1に地域教会の自律は大事なことですが、地域教会を越えて全体教会で扱うべきことがらもあるという認識です。
第2に、教会会議の目的は、主のみこころを求めることなのだということです。人間の願いが成ることでなく、神のみこころが成ることを求めて、教会の会議は開かれるべきなのです。
第3に、教会会議は神のみこころの本筋を明瞭にするのですが、それとともに個々のケースに対する実際的適用に関しては、人に無用なつまずきを与えないために、賢明な配慮が必要であるということです。明確な原則と柔軟な適用といえばよいでしょうか。

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