
この春から理事を務めさせて いただくこととなりました大瀧 恵理也と申します。生まれは、 愛知県名古屋市港区にある稲永 で、稲永キリスト教会(今の名 古屋めぐみ教会)の開拓者、ス ウェーデン・アライアンスミッ ション(以下SAM)のシメオ ンソン宣教師ご夫妻とともに 両親が牧会していた時に私は生 まれました。最近母から聞いて 知ったのですが、当時の教団理 事長、安藤仲市先生が「エリヤ の御神は 今なお生くれば 祈 りに応えて火をくだしたまわ ん」(新聖歌410)との賛美 を、総会でよくリードされたそ うで、3月の総会直後に生まれ た私の名前について、総会から 帰宅した父は迷わず「エリヤ」 と決めたそうです。
父が米国に留学中、母が矢作 キリスト教会でワルフリッドソ ン宣教師(SAM)と協力して いたため、2~6歳の時は矢作 で育ちました。幼稚園から帰り、 宣教師のお子さんペル君と遊ぶ のが私の日課でした。
小学校に入ると、父がアメリ カから帰国し、東京に移り住み、 中学2年のとき、松原湖バイブ ルキャンプで信仰告白の祈りに 導いていただき、高校1年のと きに受洗しました。しかし長ら く「自分は良い信仰者である」 という歪んだプライドを心深く に持ちながら歩んでいました。 そんな大学生のある春に参加し たKGK主催キャンプにおい て、「表」と「裏」の大きなギャッ プを持つ自らの罪に気づかされ がく然とする経験をしました。 そして「父よ、彼らをお赦しく ださい。彼らは、自分が何をし ているのかが分かっていないの です」(ルカ 23 章 34 節)とのイ エスさまの祈りが私のための祈 りと分かったとき、十字架の身 代わりが、私のすべてを見透か し、見通した神のご愛であるこ とに圧倒されました。
主の導きの中で卒業後、「学 習困難」を持つ子どもたちにマ ンツーマンで教え、またフリー スクールを運営する会社に5年 勤めました。スウェーデン社会 が進めるノーマライゼーション の価値観を発信する会社でも あったため、スウェーデンの福 祉・教育を視察する機会もあり、 小さな頃に接した空気を吸うよ うな、不思議な感覚を覚えまし た。やがて、子どもたちのご父 母の方々の、将来を案じ、いの ちの意味を問う「渇き」に触れ る中、かつて 20 歳の時に聴いた 主のみことばが思い出されまし た。
それは、教団創立百周年の 1991年、教団青年部主催で 持たれた日韓青年キリスト者大 会に参加したときに、説教者の 1人吉持章師を通して語られた みことばでした。「神さまは2 種類の献身を願っておられる。 1つは牧師となりみことばを伝 える教師となる献身。もう1つ は、その教会を支えて教会を建 て上げる信徒となる献身です」 と語られ、突然「大瀧君が牧師 となれば、日本に教会が1つ建 つのです」と、説教中に名指し され、本当にドキッとしました。 「でも、こんな自分は無理です」 と思う心に「わたしがあなたを 遣わすのではないか。―わたし はあなたとともにいる」(士師 記6章 14 ~ 16 節)とのみことば が語られ、主への献身の決心を 与えられました。その 20 歳の時 に聞いたみことばに導かれて神 学校へ入学卒業し、今日に至っ ています。
改めて顧みれば、主の大きな あわれみの御手の中で今の私が あることを覚えます。また、フ ランソンスピリットを持って来 日された宣教師の方々、同盟基 督教団諸教会の先生方の大きな 犠牲と温かな眼差しのもとで、 時間をかけて育んでいただきま した。小さい者ですが「わたし が遣わすではないか」とのみこ とばの意味をもう一度思い起こ し、主が教団に刻んでくださっ た宣教のスピリットを大切にし つつ、主と教会にお仕えしてい きたいと願っています。お祈り いただけましたら幸いです。