ITしてますか?みなさん、 こんにちは。IT委員会の後藤 正樹です。今回の記事は、ユー チューブを見てガジェットを 日々研究する「 Dr. ガジェット」 齋藤謙治先生です!よろしくお 願いいたします!
こんにちは!昨年の夏から始 まった大好評(?)のこのリ レー連載。今回のテーマは「I Tの神学」です。「神学」って なんか難しそう…と思われたで しょうか。そんなことはありま せん!「ITの神学」とは、ひ とことで言えば、「ITを聖書 からどう考えるか」です。 もちろん、聖書の中にITは 登場しません。しかし、だから といって聖書とITは無関係と いうわけではありません。聖書 を信仰と生活の唯一絶対の規範 として生きる私たちは、ITに ついても聖書的な視点から考え ることが必要不可欠です。IT に囲まれて暮らす現代のクリス チャンにとって、「ITの神学」 はますます重要になっています。 今回ご紹介したいのは、 2024年に開催された「第4 回ローザンヌ世界宣教会議」で 発表された「ソウル声明」です。 この会議には世界各地の福音派 のリーダーが集い、現代におけ る宣教の課題が協議されました。 声明のセクションⅦ「テクノロ ジー 加速するイノベーション を見分け、管理する」では、テ クノロジーに関する聖書的理解 が示されています。私が担当す る2回の連載では、そのエッセ ンスをご紹介していきます。
神のかたちとしての「創造力」
私たち人間は、神のかたちに 造られた存在(創1章 26 節)と して、「創造力」(ものを生み出 す力)が与えられています。テ クノロジーは、その力が形に なったものです。神さまは私た ちに、知恵や工夫をもってこの 世界を管理し、整えていく務め を任せてくださいました(創1 章 28 節)。
ですからテクノロジーは、生 活を便利にするための単なる道 具ではありません。新しい技術 を生み出し、それを神さまのた め、人のため、世界のために用 いることは、神のかたちとして の使命に応えることなのです。
罪の深刻な影響
しかし聖書は同時に、罪の影 響がこの世界のあらゆる領域に 及んでいると教えています。テ クノロジーも例外ではありませ ん。誤った使い方が問題なのは もちろんですが、新しい技術を 生み出すイノベーションそのも のにも、罪は入り込んでしまっ ています。
その結果、便利さを追い求め るあまり、人が本当に大切にす べき豊かさを見失ったり、自然 や社会を傷つけてしまったりす ることもあります。また、テク ノロジーに依存し、「これさえ あれば大丈夫」と偽りの安心感 にとらわれてしまうこともあり ます。テクノロジーそのものが 「偶像」(ローマ1章 25 節)にな り得る危険性をもっているので す。
今回はここまでです。良いこ とのために与えられた創造力が、 罪のゆえに乱用されてしまって いる。これが、堕落した世界に おけるテクノロジーの現状で す。だからこそ問われているの は、テクノロジーそのもの以上 に
これだけでも、ITと聖書が 決して無関係ではないことが見 えてきます。では、キリストに よって罪の支配から救い出され たキリスト者は、テクノロジー とどのように向き合っていけば よいのでしょうか。次回は、具体的な問題(SNS、AIなど)にも踏み込みながら、「ITの神学」をさらに深掘りしていきます。